同じ靴を履いてる

生活について

吉祥寺とキャシー中島とアバンタイトル

7時過ぎに目を覚まし、何にも予定のない日曜日。映画泥棒のCMも6年ぶりに刷新されたらしいし、映画を観に行ってもいいのだがこれといって観たい作品もなく、また公共機関を使っての移動はなるべく避けたいので、都心に出て行くのも憚られる。とりあえず読み止していた小説の続きを読みながら思案。といってどうせ大したことはしない。どうやら晴れるらしいので自転車にでも乗ってどっか行くかと9時前、ラジオクラウドで昨日の空気階段の踊り場を聞きながら、特に目的もなく自転車を漕いでいたら吉祥寺についた。ああ、吉祥寺に来ちゃったなあと思う。何にもすることがない時になんとなく来てしまう街だな。みんなにもあるのだろうか。

散歩。緊急事態宣言が解除されて久しいが、思いの外、日曜日としては人が少なかったので歩きやすい。まあよく考えてみれば、人が動き始める前の時間で店もまだ開けていないところがほとんどなので、人の少なさも当然。梅雨らしい天気から一転、10時前くらいになると陽の光が強くさしてきて汗ばむ陽気に変わった。

日曜天国を聴きながら店を、公園を、路地を、街を散歩する。もう初老というか、完全に老人の休日だ。でも良い老人の休日だ。歩けるうちは歩いていたい。ここ数ヶ月来ていなかっただけなのに、気づいた範囲でも3店舗くらい店が変わっていて、店が変わるだけでその周辺の印象というのは変化するもので、少し不思議な感覚があった。ここにはむかし何があった、あっちにはむかし何があった、という頭の中の街のアーカイブが増えて行くごとに、懐かしさのフィルターをひとつ入手できる。今日のゲストのキャシー中島氏が「私は前にしか興味がないから」と笑いながら喋っている。いい言葉であり、それを語れる強さがある人だ。

母親に手をつながれながらデパートに入る小さい子供が、背伸びをして店の入り口に備え付けられているアルコール消毒スプレーに手を伸ばしている。届かないので母親に抱っこされながらノズルをプッシュして手を揉んでいる。この子にとっては、コロナ以降の世界がすべてなんだという事実に、心が揺れている。子供は親を選べないように、生まれる時代も選ぶことができないが、しかしそれを可哀想と言える資格はない。その子供にはただその子供の未来があるだけだ。それぞれの世代がそれぞれの世代の傷をもって、ただ前に進むしかない。そんな俺ことキャシー中島も前に、前に、ということでラーメン屋に。なんで? 家系の武蔵家にてラーメン並、海苔増し、おかわり自由のライスを強めの盛りで2杯。なんで? 

そんなんだから体重が怪しくなってきている。63kgくらいから始めた減量も2週程前に54kg台で安定し始めたので一旦終了したのだが、飲酒の量も増えてきてしまったせいもあり、56kg後半まで戻っている。どこかで楔を打たなければな。一応、当初の最終的な目標は52〜3kg台の安定だったのだから。吉野さんここが正念場です。

家に戻り読書の続き。『三体』の一巻を読了。そもそも三部作の一作目ということを知らなかったため、読み進めていて「これ本当に一冊にまとまるのか」という疑念があったのだけど、なるほどこれは実に壮大で胸踊るアバンタイトルだった。

20時前。夜風が心地いい。世間はバタついているけど、今日はとても穏やかな夜です。