同じ靴を履いてる

生活について

秋と円谷プロと世話ない人間

季節は巡って秋。随分と更新が出来ないでいたのは書くことがなかったというわけでもなく、近しい人が亡くなってしまったり、まあ色々とあったのだけど、誰のせいそれはあれだ夏のせい? say ho. どうにでもなる日々を、要するに文章を書くにコンディションが整わなかったというか、ナンダカンダいろいろあったんじゃないだろうか。それに対して責任を投げてしまって、円谷プロのサブスクに入会し、ウルトラマンシリーズを最初っから見直している。映画を見に行っている。ラジオを聞いている。玉ねぎをくし切りにしている際、ぼんやりしていたら左手の親指が抉れてしまったり。表面温度正常と発する自動検温機に会釈してみたり。突発的に漫画を買ってみたり。そういう日常がある。隣に住んでいるカップルの男の方と先日、ばったり玄関先で鉢合わせたのだけど、思いの外お年を召していて、年の頃で50手前くらいだろうか、こうなるとハテ親子なのでは? という線も持ち上がってきており、とにもかくにも網戸がちなこの季節、ベランダで煙草をふかすのは勘弁してほしいよなあという気持ち。Baby boy わたしはここにいるよって、指を鳴らしてみたり、意味なしの、お話にならない、ムカつくタイプのアピールをしてみて、当然届くことはなく、言いたい事わかるでしょ? ちゃんと飯食ってるか?

ところで今年、この時期、コロナの影響でバネが引かれていたせいもあってか、つるべ打ちのように、見たい映画が公開されていて、週3〜4本見に行くのでは追っつかなくなっていて楽しい。楽しいし嬉しい。今夏公開の一群の中では、TBSラジオでよく宣伝されている『子供はわかってあげない』が圧巻の傑作だった。演出にしろ、ストーリーテリングにしろ、演者(特に主演の上白石萌歌ちゃん)の芝居にしろ、こういう感情表現の方法があったのかと脳天を串刺しにされてしまった。ピンポイントで出演している高橋源一郎以外全部よかった。その他にも強烈な作品が何作も公開されていて、随分と救われている。映画がやっていなかったら、もう少しコロナ禍に対しての憤りも募ったのではと思う一方、映画の公開が中止になったらなったで、結局他の娯楽を見つけて遊ぶのだろうと思う。世話ない。世話ない人間でよかった。ヨカタ〜。

空気の香りがいい感じの季節。とりあえずもう少し冷えていただいて、切る風に冬の匂いを思わせるくらいになってもらいたい。オチない話をひとつ。