同じ靴を履いてる

生活について

奥多摩と中央特快とオリンピック

3度目の緊急事態宣言が発令される前日、どうも寝過ごした感じがある目覚め、といって時計を見たらまだ7時過ぎ。前日は少し遅めの就寝だったので若干眠気も残っていたが、頭より先に身体の方がすっかり覚醒しているものだから、二度寝をしようという気にもなれず。どこへ行こうかしらってベッドの上で。こんなに天気が好いのだし、ということで随分久しぶりに奥多摩の方面へ。自宅から2時間弱、東京都内だというのに交通費だけで1,200円程度も費やして鳩ノ巣駅。川伝いに奥多摩駅の方へ。途中、これは道なのだろうかという箇所を進んでしばらくして、両手を使わなければ這い上がれないような崖を登り降り、土とか草とかクモの巣とかにまみれて行くうち、やはりこれはどう考えても道ではないと悟り、しかしどのようにこの地までやって来たのかがわからず少し迷う。とりあえず川の方へ下れば何とかなるだろうと慎重に崖を降りていたところ脚を滑らせ、結構な距離をスライディングして平衡を取り戻した時には靴の中は泥まみれになっていて、しかしそれを見ている人は誰もいない、なんて良いところ。そうやってしばらく人が行く道でない道を行き、人はいないけどとりあえず両手は使わなくても歩ける道ではない道に戻り、その後、道っぽい道に戻る。白丸ダムを抜け、奥多摩駅へついた頃には結構疲れていた。久しぶりにしっかりしたレジャーをしたような気がする。

青梅で立川行きへ乗り換え、立川からは中央特快で都内へ戻る。久しぶりに中央線の特快に乗った。地下鉄のスピード感に慣れている身として、あまりの速さに驚く。あっという間に国分寺三鷹、中野。よくもまあこの距離をこんな時間で、という初めて新幹線に乗った人間のような感想を抱く。

中野から歩いて帰ろうかと思ったけどそれは止して、呑気にバスに揺られている。道ゆく人みんなマスクを着けている。マスクの着用が半ば義務のような状態になってから、もう一年以上も経つらしい。それでまた、明日からは映画館も休業に追い込まれている。8時には照明を落として、路上での飲食にも自粛を訴えかけている。ありがたいことです。例えば自分に子供がいて、運動会や遠足が中止になったのにどうしてオリンピックはできるのと訊かれたら、何と答えればいいのだろうか。ありがたいことです。本当に。そんで、ゴールデンウィークはどうしよっかなあとか、しょうもないことを考えている。最寄りのバス停に着いて立ち上がるとき、肘掛を手で握り体重を支えたら首筋のあたりをつってしまった。陽はまだ高く、風はぬるい。猛烈にダッシュしたい。

仕込みとBLUE/ブルーとメンテナンス

一夜明け同じ朝が来て、それをずっと繰り返していく生活がある。もう少し寝ていたいなという気持ちもあったが、これ以上眠れそうにないくらいはっきり覚醒してしまっているので8時前、よく髪を乾かさずに寝てしまったせいで、後ろ髪の寝癖がひどい。遮光カーテンの隙間から漏れる光に春らしい雰囲気があった。

腹が減っているような気がして、何かを口にしたく、かと言ってこれから米を炊いてという気にもなれず、コンビニでおにぎりでも買ってこようかとマスクをつけたものの、この空腹感自体錯覚なのではないかと思い直し、なんとなく買い置きしていた鶏もも肉に、酒と醤油と砂糖と大蒜と生姜とオールスパイスと味の素と花かつおを馴染ませ冷蔵庫にぶち込む。料理の仕込みを行うと、本当にいま空腹であるのかが分かるような気がする。案の定、空腹感が収まったので、じゃあ晴れているし散歩にでも行こうかなと身支度をしながら、それもあまり乗り気ではないような気がしてきて、そういえばって好きな監督の最新作が公開されていることを思い出し、正規料金を支払うのは多少癪ではあるものの、背に腹は代えられないやって1,900円をバルト9にぶち込んで新宿へ。右手から少しすりおろした大蒜のにおいがしていた。

そんで観た『BLUE/ブルー』。『ヒメアノ〜ル』とか『さんかく』の吉田恵輔監督最新作。ボクシング映画。とにかく役者陣が最高で、特に主演の松山ケンイチは白眉。役どころも良かった。それから木村文乃がめちゃくちゃ良いヒロイン。ラストシーンがまた、良い余韻を与えてくれていて幸福な気持ちで帰途につく。

近所のラーメン屋で昼を済ませ、家に戻ったら信じられないくらい長い屁がで出た。間違いなく過去最長。これ大丈夫か?終わんのか?いやまだ行く?という思考の流れをはっきり、ゆったり、たっぷりと意識できるほど盛大な屁だった。終わらないんじゃないかと思ったけど終わった。だいたいのことと同じ。

なぜだか身体が痛む。特に首筋と、臀部のあたり。最近そういうことが増えた。年齢のせいもあるのだろうが、そもそもの姿勢が悪いという可能性もある。以前ここにも、整体に行った方がいいかもしれないと書いたが、いよいよそうかもしれない。あと歯医者とか。身体にまつわるメンテナンスを、もう少しきちんと考えてもいい頃だろうか。生涯の伴侶をお披露目する式に参加した翌日に、生涯付き合う身体のメンテナンスについて考えることは、結構前向きな話かもしれない。めちゃくちゃ長い屁も出たことだし。

銀座と心の穴と曲

咳をしても一人。シコっても一人。夢を見る島の鮮やかすぎるエンディングを見てあの時の感情とかを思い出したりしても一人。Twitterでどこからか漂流してくる愛くるしい猫の動画を見て乾いた笑い声を上げても一人。銀座の無印良品で一人、なんか適当なシャーツと安売りされていたトレーナーを買って一人、日曜天国を聴きながら一人、ゲストの清水ミチコとのやりとりに笑いを堪えながら新橋まで歩いて一人、烏賊と煮干しで出汁を取っているラーメン屋で一人、飯を食って一人、家戻ってきて桜花賞負けても一人。ソダシについては本当におめでとうだし、テレビで見ていて感動してしまった。白馬はやっぱし映える。とても綺麗。現役の間に一回は競馬場で見たい。

久しぶりの競馬。1万円きちんと買って観戦して、あ〜ダメじゃん、なんつって。このあとどうするんだったか。1万円で空く心の穴なんか大したことないはずなのに、どうやってその穴を埋めていたのかを思い出せないでいた。ウワッて何も考えず外に出て、立正佼成会の本部へ向かう。僕は信徒ではないけれど、広大な敷地にほとんど人の気配がないそこは、近所ではお気に入りのスポットで、空はめちゃくちゃ晴れているし、夕方であればまだカーディガンの一枚くらいでちょうど良いくらいの気温。最近、ズボンの後ろポケットにちょうどKindleが入るということが発覚して、テキトーに外で本を読んだりすることが増えた。それが良いことなのかはわからないけれど、後ろポケットにKindleが入っているということが、個人的にはすごく嬉しい。陽が傾いてきて、少し肌寒くなってきたので家に戻って一人。

そうやってもしかし、何かが足りないような、心の穴が塞がらない感じがある。君か? 流れる季節に君だけ足りない? 君ってどいつ? 早めに夕飯を済ませ、風呂に入り、タイムフリーでフワちゃんのANNXを聞く。メールの返しが一々バケモノ。割と毎週楽しみに聞けそう。

そしてサンドリを聞きながら再び外に出て近所を徘徊する。堪え切れない笑いが外に漏れてしまったりする。日曜日の夜が晴れたのは何週ぶりだろうか。別に心に穴が空いていたって、好い夜っていうのはどんなタイミングだろうと好い夜だ。家に戻り、ぜんぶ有耶無耶にしてやろうって飲酒。控えめに。買い足しは無しよ。

 

一日の最後、今日の日曜天国で掛かっていた曲があまりにも良かったので、思わず久しぶりに歌詞をメモり、あとから調べた曲。YouTubeで見たら800万回以上も再生されていた。有名なんだ。そらそうか。もっと音楽を身近にしたいよな。そう思わされた曲。

サイゼリヤとオシャレと桜花賞

久しぶりに行ったサイゼリヤでなんか、新しいレギュラーメニューが色々と追加されていて、ただでさえ最高だったサイゼリヤが、その最高に拍車をかけていた。幸福は日本全国どこでも得られる。ありがたい話。

随分眠いのだけど二度寝する気にもなれない朝。平日だったらギリギリまで眠るくせに、休日だと逆な。だからこそ、朝方まで遊んで泥のように眠り、翌日の夕方くらいに目を覚まして後悔する、そういう日がときどき無性に恋しくなる。コロナが蔓延している現状、しばらくは難しそう。そもそも、高校生の時のように十数時間も眠り続けるということができるのかどうかも怪しい。近いうち一度、頑張ってどれくらい眠れるか試してみてもいいな。時間は有意義に使ってもいいし、ただドブに流してもいい。ありがたい話。

晴れている。昨日から干しっぱなしになっている洗濯物を取り込むか、今日いっぱい干してから取り込むか迷っている。そして散歩にでも行くのだろう。そろそろ、どうか。何か違うことをしてみてもいいか。ずっとこの辺を等速直線運動で周回している。そういうのも大事と思うけど。宇多田がでてしまいました。

近頃街に出ると、サイヤ人の戦闘服から肩部のそぎ切りにしたヤングコーンみたいなやつと、腹部の甲虫の裏側のようなやつを省いた状態、よだれ掛けというか、そのような衣服を着用している女性をよく見かける。流行っているのだろうか、あれを見るとなんか良いなと思う。個人的にはあれを全然オシャレだと思わないし、冗談を言える女友達がそれを着ていたら「ナッパのここじゃん」などと言ってヘラヘラして見せ、それが言っちゃダメなタイプの冗談であったらしく、怒られるでもなくただ哀しい顔をされ、その顔を寝る前に思い出して、やっぱり不必要に人を傷つけるものではないよなそもそもナッパのここって冗談としても全然面白くないしなと後悔してしまう感じ(イヤどんな感じなんじゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い)なのだけど、しかし街で見かけるナッパのここからは、ファッションの本質めいたものを思ったりする。あの服、メチャクチャ着ている意味無いから。マジでもう完璧に余計なピースなんだけど、ファッション、つかオシャレっていうのはそういうものだよな、とも思う。しなくていいのにTシャツに文字はプリントされているし、しなくていいのにジーンズにダメージが与えられているし、しなくていいのにハットに謎の羽が刺さってたりする。ありがたい話。

さても、とりあえず外に出る。コンビニでコーヒーなんか買ってみてもいいかもしれない。本日は桜花賞。出られたら狙いたいと思っていたククナが抽選突破し好枠を引いたのでそこから。相手はソングラインとサトノレイナスでどうかひとつ。

春と1.5倍速と10秒スキップ

春が大暴れしている。洗濯物を干し、目的もなく家を出て、イヤホンからはナイツのちゃきちゃき大放送、そんで電車に乗ってどこか。何となく中野坂上で下車し、山手通りを北上する。春が大暴れしている中、あまり景色から春らしさを感じられない道をだらだら歩き、東中野、落合を通過し中井くらいまで歩いたところで、これ以上北へ進んだところでという気持ちになり、妙正寺川を西に折れ、大回りで中野駅の方へ向かう。このまま歩いて帰っても良かったのだが、ちょうどいいタイミングでバスが来たのでそれに乗って家へ戻る。なんか、四月になったらしい。色々と生活が変わる人がいて、何も変わらない俺がある。近くのファミリーマートでアイスコーヒーを買い、テキトーなパスタを作り食べ、ぼーっとしている。

週中、各種動画配信サービスで映画やドラマを1.5倍速で見たり、セリフがないシーンは10秒スキップを繰り返して見ることが普通に行われるようになっていることに対し、意見している記事を見た。まあ、いいじゃないの。そう思う。別にいいじゃん。そんなこと。みんな話題についていくのに必死なのだし、世の中には娯楽が溢れかえっているのだから。1.5倍速で映画鑑賞したり、飛ばし飛ばしドラマを見たり、YouTubeのネタバレのまとめ動画でアニメを知ったっていいし、そこで得られた知識をひけらかしてもいい。全部オッケー。興味がないから。

2時間の映画が理解できなくて10回見て何とか噛み砕けるようになった人の感想や批評よりも、その映画の内容と趣旨を10分に要約した動画を見た人のそれの方が、何となくそれっぽい、滋味深い、賢そうに聞こえる場合だってある。だったらわざわざ映画を見る必要ないと思うならそうすればいいし、まとめだけを見て理解したつもりになるのなんか言語道断と思うのなら本編を見ればいい。「1.5倍速で見たり、スキップしながら見ることで、本当にその作品の意図が伝わるのだろうか」なんて着地のさせ方をしている記事がそれなりに拡散され、賛否を集めているという地獄。本当は皆んな、どうでもいいんじゃないですか。確かにそういう鑑賞の仕方をする人が増えすぎて、そういう鑑賞の仕方をする人向けのコンテンツしか生まれない、という状況になったら困るけれど、果たしてそこまで飛躍するだろうか。

昔、「映画館で寝てしまっても、その映画を見たと私は言う」といった旨が記されたブログを読んだことがあったが、僕は断然そっちを支持します。映画は別に、寝ててもいい。僕はさすがに途中で寝落ちしてしまった映画を鑑賞済みのフォルダーに入れられはいないけれど、そういう感覚自体はよくわかるし、そっちの方が楽しいと思う。作品を体験するという態度においては。

どうでもいいなんて書きつつ、愚痴っぽくなってしまった。恥ずかしいやつだよお前は。そんな気持ちを中和させようとジャランなんつってギター弾いたりして。いやはや、天気が好い。

珍しく夕方から予定がある。緊急事態宣言も明けたしってんで、飲みに誘われている。あまりこのタイミングで、という気持ちもあったが、結局はそれに応じてしまう。人とのコミュニケーションが欲しかったのかもしれない。

有吉が結婚した。4月1日に入籍すれば、離婚した時にエイプリールフールで逃げられるし、エイプリールフールで逃げるくだりはめちゃくちゃ寒いので、そうならないようにと離婚の抑止力としても一役買ってくれる。何にせよ、明日のサンドリが楽しみで仕方がない。そうやって今日の夕方を待つ。