同じ靴を履いてる

生活について

サイゼリヤとオシャレと桜花賞

久しぶりに行ったサイゼリヤでなんか、新しいレギュラーメニューが色々と追加されていて、ただでさえ最高だったサイゼリヤが、その最高に拍車をかけていた。幸福は日本全国どこでも得られる。ありがたい話。

随分眠いのだけど二度寝する気にもなれない朝。平日だったらギリギリまで眠るくせに、休日だと逆な。だからこそ、朝方まで遊んで泥のように眠り、翌日の夕方くらいに目を覚まして後悔する、そういう日がときどき無性に恋しくなる。コロナが蔓延している現状、しばらくは難しそう。そもそも、高校生の時のように十数時間も眠り続けるということができるのかどうかも怪しい。近いうち一度、頑張ってどれくらい眠れるか試してみてもいいな。時間は有意義に使ってもいいし、ただドブに流してもいい。ありがたい話。

晴れている。昨日から干しっぱなしになっている洗濯物を取り込むか、今日いっぱい干してから取り込むか迷っている。そして散歩にでも行くのだろう。そろそろ、どうか。何か違うことをしてみてもいいか。ずっとこの辺を等速直線運動で周回している。そういうのも大事と思うけど。宇多田がでてしまいました。

近頃街に出ると、サイヤ人の戦闘服から肩部のそぎ切りにしたヤングコーンみたいなやつと、腹部の甲虫の裏側のようなやつを省いた状態、よだれ掛けというか、そのような衣服を着用している女性をよく見かける。流行っているのだろうか、あれを見るとなんか良いなと思う。個人的にはあれを全然オシャレだと思わないし、冗談を言える女友達がそれを着ていたら「ナッパのここじゃん」などと言ってヘラヘラして見せ、それが言っちゃダメなタイプの冗談であったらしく、怒られるでもなくただ哀しい顔をされ、その顔を寝る前に思い出して、やっぱり不必要に人を傷つけるものではないよなそもそもナッパのここって冗談としても全然面白くないしなと後悔してしまう感じ(イヤどんな感じなんじゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い)なのだけど、しかし街で見かけるナッパのここからは、ファッションの本質めいたものを思ったりする。あの服、メチャクチャ着ている意味無いから。マジでもう完璧に余計なピースなんだけど、ファッション、つかオシャレっていうのはそういうものだよな、とも思う。しなくていいのにTシャツに文字はプリントされているし、しなくていいのにジーンズにダメージが与えられているし、しなくていいのにハットに謎の羽が刺さってたりする。ありがたい話。

さても、とりあえず外に出る。コンビニでコーヒーなんか買ってみてもいいかもしれない。本日は桜花賞。出られたら狙いたいと思っていたククナが抽選突破し好枠を引いたのでそこから。相手はソングラインとサトノレイナスでどうかひとつ。