同じ靴を履いてる

生活について

立川といない彼女と曲紹介の長い前振り

東京都は外出自粛を要請している。昨日の春の盛りのような陽気とは打って変わって雪が降り積もっている。スーパーマーケットは買いだめによって食料品が品薄となっている。オリンピックが延期となる。志村けんが闘病している。競馬は無観客で開催されている。空気階段の踊り場がマイナビラフターナイトから独立し土曜深夜へ移動となる。松岡茉優冠番組が始まる。藤田ニコルのあしたはにちようびが1時間30分から1時間へ30分縮小する。マスクをつけている。イヤホンから流れる音に耳を澄ましている。昨日のラジオ番組をラジコのタイムフリーで聴取している。春分の日。まだ本格的な外出規制が掛かる以前、三連休の初日は久しぶりに好天の休日だった。浮ついた気持ちで外に出る。バスと電車を乗り継ぎ立川に立っている。何にもすることがない休日なので、何も用事がない場所に行き、何もしないでうろうろする。改札を出ると多くの人で賑わっていて、見た感じ10代くらいの若い女性と、カップルが目立っていた。

立川に最後に行ったのは2017年の5月21日。その日は夜に吉祥寺で酒を飲む約束があり、その飲み会に一緒に参加する友人と二人で、飲み会前の余興としてウインズへ行ったのが最後だった。優駿牝馬。女と飲みに行く前に、3歳牝馬の頂点を決めるレースをビシッと当てて、なんて本命にしていたディアドラ。9番人気の馬で最後追い込んでくれたがアタマ差の4着。うまくいかない。その後の飲み会はうまく行ったか行かなかったか。ただ、良い記憶だけがある。ディアドラはその後、日本とイギリスのG1レースを勝つことになる。未勝利の俺は春の陽気にそそのかされて立川に立っている。未勝利の俺にも平等に、陽の光と暖気が包み込んでくれている。

あぶねえ、なんだかウエット。こんなに暖かいのに。こんなに空は青々と雲一つないのに。とりあえずもうお昼だしメシ食おう。食っちゃおう。なんて食べログ。なんだかんだ悪評もあるけど、なんだかんだ頼りにしちゃうよな。ラーメンかカレーでいいかって、数多の人間が高評価の☆印を贈呈しているラーメン屋が美味しそうだったので移動。ラッキーなことに並びもなくスッと入れる。こういうとこ。うまくいっている。暖かいし、晴れているし、そして財布がない。どうなってんの。食券機の前で両の尻ポケット、前のポケット、チェスト、いやそんなところにあるわけがないだろの箇所をポリリズムでタッチしながら「あ、そうだ」と、さも他に予定があったことを思い出した風を装いそそくさと退店する俺にも平等に、陽の光と暖気が包み込んでくれている。

良くも悪くも電子マネーさえあれば何とかなってしまうため、このように財布を持たずに外出してしまうことが多くある。仕方がないので携帯に登録してあるクイックペイで支払いができる吉野家で済ます。牛丼の並と豚汁。久しぶりに食べたが、並盛りの量が多かった。近頃はどんどん太っていくのに、太れば太るほど食が細くなっていく皮肉。隣に座っていた女性が、すみませんと言って俺の目の前の給水ポットに手を伸ばすのを見ている。俺もそのように謙虚でありたい。

シネマツーの脇を通り、IKEAの方へ歩いてみる。モノレールの下の石畳の道はひらけていて気持ちがいい。あ、IKEAでホットドッグ食べようかなと思ったが、財布がないことを思い出してそれが叶わないことを知る。せっかく久しぶりの立川なのになあ、どう思うよ。財布、家忘れちゃってんのよ。バカだねえ、いいよ今日は、貸してあげるよ。あそう、悪いねえ。いいよいいよ。マスクの下でいない彼女が言う。俺は1、2ヶ月前に、このいない彼女と復縁している。知り合ったのは24、5歳くらいのときだったように思う。知り合った時から彼女はいない彼女だった。そこから別れたり復縁したりを繰り返している。いつのまにいなくなっていたりするが、気がつくとそこにいるのだった。いない彼女はめちゃくちゃ優しいし、いい距離感を保ってくれるし、何より笑いが分かるやつなのだ。家を出た時にはいなかったはずだが、ついてきていたらしい。そういうこともある。恰も春だし。この気候だし。そして目の前にはIKEAがある。自分の記憶よりもずっと大きい。建物としての圧と迫力がある。或いはIKEAを見て、俺の方がいない彼女を呼んでいたのかもしれない。

女性と同棲したことのない俺は、住居を共にするにあたり家具屋にて家具を選び購入するという最高のイベントを知らない。或いは未経験が故に最高のイベントと手放しに評することができるのかもしれないが、未経験者の目には魅力的に映る。お互いに部屋のレイアウトについて、ああだ、こうだ、そうしたほうがいい、そうしてくれるな等の問答の末にお互いがお互いのための逸品を購入し、それを部屋に配置する。ほほほ。めちゃくちゃいい時間。あーいやでもどうだろ、俺はさ、それはもう本当に素敵な行為だと思うんだけどね、多分ここまで気持ち入れちゃってるからさ、なんかメチャクチャはしゃいじゃって嫌われるか、それかもう逆にとんでもなくスカした感じ出して嫌われるかその二択な気がするんだよな。うわーどっちも最悪だね。そうなんだよ、どっちも最悪なんだよ。などと言って笑う。マスクの下でずっと弛緩している。携帯の通知が鳴り、現実的な誘いが来る。いない彼女を脇に置いて、元々働いていた職場の存在する先輩からのラインに返信する。

昭和記念公園を散策している。思った以上の日差しで暑くなってくる。まだ陽も高いけれど、財布も忘れてしまっているし、そろそろ帰ろうかと駅の方向に足を運ぶ。いない彼女はいつまでもいるし、いない彼女はどこへ行ってもいない。夜は存在する先輩と酒を飲む。むかし野田クリスタルと一緒に劇団を演っていたらしく、たぶんR-1優勝の話などで盛り上がりそうだななどと思いながらイヤホンを耳に差し、ラジオよりも音楽の気分だったので、せっかくなら春らしい曲でもと思って選曲したのがこちらです。

それでは聴いてください、矢野顕子で春咲小紅。